鳥羽を歩く -八幡神社ー  (4)

 このあたりの人は八幡さん、広くは鳥羽八幡神社と呼ばれています。八幡さんと天神さんはどこにでもある全国版のポピュラーな神社です。祭神は、応神天皇・神功皇后・仲哀天皇と少童海命(わたつみのみこと)です。少童海命はあまり耳にしませんが、明石ですと海辺にあります林神社・若宮神社(林の毘沙門天で有名な宝蔵寺・東)・藤江の青龍神社などでは、祭神の一柱となっています。

 鳥羽の八幡さんの由緒は、元歴元年(1184)九月七日に創建されたとなっています。元歴元年といえば、鎌倉時代が始まる少し前、かなり古いです。そこで、この年の出来事を歴史年表でながめてみました。この年には、義経が木曾義仲と宇治川で合戦をし、頼朝が鎌倉政権に公文所と問注所を置いています。

 なぜこの年なのかを考えたとき、この神社の西隣の大久保町大窪にある光触寺、本堂は明石市内で一番大きいと思っていますが、このお寺の開基に、宇治川の合戦が登場します。宇治川の先陣争いをした佐々木高綱の弟義清が比叡山で修業します。修業を終えて、寿信と名乗って源平合戦で亡くなった人を弔うために諸国を巡回します。そして、大窪にやってきて、ここに住んで光触寺を開いたといわれています。

 ですから、宇治川の先陣争いにあわせて、こちらの神社だって負けずに古いのだと無理やり年号を合わせた結果ではとみていますが、本当のところはよくわかりません。林神社に文書が残されていたらいいのですが。 〈野々上3丁目〉       (T・Y)