
ぼたん寺で有名な薬師院の東隣に、天王山という小さな丘に木立の繁った杜がある。そこに牛頭天王をお祀りされる天王神社が建っている。またの名をすさのお神社、牛頭天王宮ともいわれている。
この牛頭天王とは、八岐大蛇を退治された須左之男命の別名ともいわれ、京都八坂神社の御祭神としてあまりにも有名であることだ。

牛頭(ごず)天王
牛頭天王とは、諸行無常の音色を響かせることで知られているインドの祇園精舎の鐘の守護神ともいわれており、京都の八坂神社を祇園精舎と呼ばれていることも、この由来からきている。その牛頭天王がこの丘にお祀りされておられるのである。
また牛頭天王は、病からまぬがれる神様の御威徳があり、農業においても病害虫を除く神様として、平安時代ごろから村人たちによって厚く信仰されてきた。備後風土記の蘇民将来の神話に登場する疫病から蘇民将来一家を救われた武塔天神は須佐之男命であると記されてある。その武塔天神とは、インドの神様で牛頭天王ともいわれている。すなわち須佐之男命の大神様は、牛頭天王、武塔天神が習合された大いなる神様でもあり、いにしえの時代には天王神社は須佐之男神社と呼ばれていた。
聖武天皇も訪れられた
天王神社が建つこの天王山という丘は、神亀三年(七二六)聖武天皇が播磨の国にある邑美頓宮(おおみのかりみや)へ、その年の豊作を国民と共にお祝いになられるために、行幸されたときの跡であると伝えられている。
社名の由来
天王神社の社名のゆかりは、牛頭天王の天王と、聖武天皇の天皇とが重なりあわされて、天王神社と名付けられたと言い伝えられている。
天王神社の狛犬
天王神社の阿吽(あうん)の狛犬、邪気や悪霊を祓う役目をになって牛頭天王宮を守っておられるのであろう。
近づいてよく見ると、恐怖心を誘いかつ畏敬の念をいだかせる鋭いお顔をしておられるのに気づかされる。

