桜町きつねの恩返し(1)

 むかしといっても江戸時代の昔、武家屋敷と外堀の間には土手があり、桜などの老樹が植わっていた。とくに東寄り桜町の土手には古狐がすんでいると有名でした。
 桜町外堀の南側に一見の小さなうどん屋がありました。 ある夜のこと、もう店を閉めようとしていたとき「ご免くださいまし。遅くすいませんが、うどん玉を一つ分けていただけませんか」と縄の暖簾から弱弱しい女の声がしました。どんな客や、とよく見ると武家の若奥様らしい人が頭を下げています。少しあわてて竹の皮に包んだうどん玉を差し出しました。「申し訳ありませんが、今は小銭を持ち合わせてはおりませぬ。後日まとめまして」「はい、そりゃもう、どうぞご遠慮なく」と愛想よく送り出しました。というのも美しい若奥様はどうみても病身でした。
 翌晩、やはり店を閉めかけていたとき、「ご免下さいまし」と弱弱しい声がして「うどん玉を一つ・・・」とうどん屋は待ってましたというように急いで竹の皮に包んで差し出しました。「御代は明晩にも、必ず」といよいよ弱りきった声でそう言って帰りました。
 お武家さんの家やったら、こんな買い物なんて下僕か下女中にでも命じたらいいのに。どんあ事情があるのか、お気の毒なことやと、うどん屋は若奥様にすっかり同情してしまっていました。 (続く)